4つのキーワード

  本書は、4つのキーワード「オノマトペ(言語学、心理学)、記号接地問題(人工知能)、仮説形成推論 abduction(記号論、論理学)、対称性推論(心理学)」を足掛かりとして、人の成長過程で言語能力を獲得するに至る仕組みを解明しようとしている。各キーワード毎の定義、解説と問題の拡がりを題材としても、一冊の新書ができあがりそうであるのに、それらを一冊にブッコムに至っては、素人の読む側としては食べすぎの消化不良は必然である。文句を言っているのではなくて、それほど内容が濃かったという感想である。

実証的

  随所に多言語間の比較データや様々な動物、人間対象の実験データが引用されており、実証的に結論を導く姿勢が貫かれている。新書という一般向けの本にあわせて、記述のレベルは学術的詳細を端折った形ではあるが、科学者としての著述姿勢の一貫性は好感が持てた。感想、引用、仮定したこと、推論・実証したことetc. の区別が曖昧な「啓蒙書」みたいな本は読んでも埒が明かないが、本書はその点が明瞭で安心して、期待をもって読み進めることができた。

逆もまた真なり??

  教壇経験のある私は、本書中の次の文に共感し笑わせてもらった。『・・・必要条件と十分条件をひっくり返すバイアスだ。筆者たちは大学生を教えているが、「8割の出席が単位取得の必要条件」と伝えると、多くの学生は「8割出席すれば単位がもらえる」と思うのである。』 しかしである、これは著者の嘆きではなく、ここから本書の掉尾を飾る一連の考察(仮説)に繋がっていくのだから驚きである。それは次の考察から始まる。

『いずれにせよ、対称性推論による(論理的には正しくない)逆方向への一般化は、言語を学び、学習するためには不可欠のものであるし、我々人間の日常の思考においても、科学の中で現象からその原因を遡及的に推論する因果推論においても必要なものである・・・』

  これに続けて、本書は、「誤りを犯すリスクのある非論理的な推論が、むしろ効率の良い問題解決能力を人間に与えてきた」という見解を提示する。意外性のある考察結果で、真偽はともかく、斬新でまことに面白い。いきなり言われたら、なんだそれ?と思うような結論に読者をたどり着かせる力業はなかなかのものである。久々に読み応えのある面白い新書に出会った。

投稿者

笛吹爺

本とクラッシック音楽とサッカーが好きな爺さんです。「下手の横好き」なりに、感じたことを徒然に書き記してみようと思います。

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